多難な門出
啓示を受けてからは、「宇宙から入ってきた膨大な情報を十分に確かめつつ、自分の体験を通し、より多くの人々に本来の意識に目覚めていただくための手助けをしたい」と強く思ったことに加え、見えない世界の癒しの道もある、ということも実感しましたので、大多数の人々には全く理解されないであろう、未知である多難な道を、私「まこと」は選び進み始めてしまいました。
元妻と子供に再度説明
元妻と子供二人に、啓示とその後の体験等をよく説明した上で、今後、自分が進んでいく道について説明しましたが、当然ながら理解が得られなかった。やむを得ないが、自分の生きる道は既に決めているので、私について来てくれるのか、別な道を行くのか考えてもらえるよう、お願いを何度もしました。
啓示を確かめるための不思議体験
○ 悟り意識の体験
夜真っ暗い部屋の中で初めて、悟り意識体験をすべく座禅の半結跏で座り、『ワーオ・イエレン』の願いの祈りを行ったところ、即、まばゆい黄金の至福の世界に誘われた。その時の研ぎ澄まされた五感は、宇宙まで通じていることが実感できました。その間の時間としては一時間程度でありましたが、言葉では言い尽くせないほど、暖かい黄金に包まれた至福の世界でありました。
○ 自分の意識のふるさとを体験
悟り意識体験と同じように座り、祈ると、今度は黄金の螺旋のうずの中に自分の意識が即入り、このうずが半回転すると、地球の意識が幾層にも渡って汚れている様子を見ていました。汚れている状態を理解すると同時に、今度は螺旋のうずが、もの凄い早さで回転しました。すると、着いた所は、全てが調和した星で全体が緑色で輝いていました。
ここで(自分はなぜ地球に産まれたのか?)、(何をなすべきか?) 家族としての縁とか数々の疑問を持っただけで、答えが瞬時に、まるで辞書が全て頭の中に入ってくるがごとく理解できたのです。この意識のふるさとは、地球から1,000億光年離れている星であることも理解できるように同時に入って来ました。夢のようなこの体験時間も一時間程度でした。
○ 宇宙意識の流れを具現化して見る体験
啓示を確かめるための一つとして、宇宙意識の流れを具現化して見れるように、『ワーオ・イエレン』の願いの祈りを行ったところ、目を軽く閉じるだけで螺旋のうずが、言葉では言い表せない程の、調和した綺麗な色彩で、次々に変化しながら見えてきました。
このように見せてくれるビジョンは、目を閉じ願うだけで約半年間続きました。この鮮やかなビジョンは言葉ではうまく表現が出来ませんが、強いて挙げれば万華鏡を、より鮮やかにしたような感じのビジョンでした。このように半年間、数限りなく見た安らぎを感じさせる螺旋の動きのビジョンでしたが、その色彩は全て異なっており非常に多彩なものでした。
○ 食事(一汁一菜)瞑想体験
朝、部屋で一人、食事瞑想を行いますと、真っ白いはずのご飯が黄金に輝いています。不思議なビジョンを見ながら、ご飯を口に入れ噛みながら、軽く目を閉じ瞑想しますと、今度は、言葉では言い表せない、御飯の心地よい真っ赤な美しいエネルギーが全身を覆いつくしました。次に沢庵を噛みつつ、同じように瞑想しますと、非常に落ち着いた赤に変わりました。次にみそ汁をいただきますと、更に落ち着いた少し黄色味がかった赤に変わりました。
次に、みそ汁の具であるネギをいただきますと、全体のエネルギーの素地の色が薄い赤に変わると共に、完璧に調和のとれた橙色の鎖のように、みんなで手を繋いでおります。不思議だなと思いつつ、今度は梅干しを口に入れますと、(体の中の邪魔な黒いエネルギーを出しますよ)といわんばかりに、流れる黒いエネルギーを見せてくれました。
次にお茶をいただきますと、全身のエネルギーが綺麗なウグイス色に変わりました。あまりの不思議さに、すぐには信じられず、新たな驚きと感動の中で何回も繰り返し見ましたが、御飯も沢庵もネギも、梅干しも同じビジョンを見せてくれます。今見たビジョンに対して、知識では知っていましたが、理解していなかった事を詫びつつ、いただいた物に感謝の意識を向けますと、(私たちは、あなた方が創造(意識・想念)してくれたので存在するのですから、お役に立てるのは喜びであり、私たちのほうこそ感謝しております)と、答えが返って来ました。
次の朝も、昨日の体験を期待しつつ、場所を炉端に変えて、食事瞑想を行いましたが、食事の素材全てが、ビジョンを何も見せてくれませんでしたので、想念で感じ取ろうと意識を向けましたが、やはり何も答えは返ってきませんでした。そこで、今度は前にある囲炉裏の灰に意識を向けて見ました。そうして見ますと、昨日に引き続き驚くような回答が返ってきました。
(貴方も私も一つです、同じ目的で存在するのですから) この時私は、気づく気づかないかは別として、(宇宙のもの全てが、お互いに助け合いながら、同じ目的に向かって進んでいるのである)ということを、体験を通して再認識することが出来ました。
800年前の先祖を訪ねる
○ そもそものきっかけ
啓示を受けてから自分なりに多くの体験をし、半年ぐらい過ぎた時、自分の先祖が、頼朝の天下を取るきっ掛けになった武蔵七党の一人であったという古文書の写しが、たまたま私の手元に幾つか集まってきました。頼朝が亡くなった後の足取りは、歴史上からも一切不明であったので、歴史には興味がない私でしたが、『ワーオ・イエレン』の願いの祈りで調べてみようと考えました。
○ まず最初にしたこと
小さな日本地図を用意して、手掛かりになるところに針を落とすように目を閉じ祈り、針を落としたところ、四国の志度町を示していました。早速、志度町の白地図を買い求め、同じように針を落としますと、志度町鴨部のお寺さんの所に針は落ちていました。この後一週間もしない内に、仕事で同僚と二人で一度も訪れたことがなかった四国の、しかも志度町にほど近い香川県高松市に行くことになりました。
仕事で行くのですから、単独行動はとれない訳ですが、事前に調べたり、何か持って行ったほうが良いか、インスピレーションで背後に聞いて見たところ、志度町役場の電話を調べて置くこと、(最高級のお茶を300グラム(狭山茶の祖は私の先祖)と御霊前として3万円を用意してほしい)との事であった。
○ 次に起こったこと
同僚と二人、高松市で予定より早く無事仕事を終えたので、同僚は高知県在住の大学時代の親友に電話したところ、「是非会いたい」とのことで、「予約してあった当日の宿泊も同僚はキャンセルして、友達に会いに行きたい」と言うので、別行動を急に取ってしまいました。仕事での出張であるのに、あり得ない状況がここで起こってしまったのです。
仕事も予定より早く終わり、次の日のスケジュールがたまたま私もあいたので、あらかじめ調べてあった志度町役場に、「歴史を調べているのですが」という理由で、「志度町鴨部にKという名字の部落はありませんか?」と問い合わせてみた。そうしたところ、電話に出られた方が、「今日ちょうど『志度町風土記』の歴史書が印刷され出来上がってきました。お調べのKさんは、この町では問い合わせの場所にある、歴史書に出てくるお寺さん一軒だけです。なお、この歴史書も町をあげて調査してまとめ上げたものですから、歴史をお調べになっているのですから、是非お寺さんに電話してみて下さい。きっと喜ばれますよ」との話がありました。
早速、お寺さんに電話したところ、お寺さんでも奇跡が起こっていました。お寺の住職さんのいわれる事には、明日予定されていた二件の法事が急に延期されて、住職としてはあり得ないことが二件も起こってビックリしていたところであった。その場の電話で、住職から「是非先祖のお導きでしょうから、会えるのなら明日、会っていただきたい」との申しい出があった。
○ 住職に会う前に行なった、先祖とのチャネリング
「もともと武蔵七党は平氏に属していましたが、同じ平氏でありながら、中央の京都では平清盛が全ての権力をにぎり、我々の存在を無視し、栄華をほこり勝手気ままに振る舞っていました。この事に対し、地方の私たちは不満を持っていました。ですから、源頼朝が北条時政の後押しにより旗挙げしたのを知った私たちは、一族を引き連れ味方に付き、いろいろな場所での戦いに勝ち抜き、勢力を拡大させながら、最後には平家を四国に追いつめて天下取りの戦いに勝利したのです」
「最後の四国の源平合戦には、私も義経に従い、戦いの御大将として壇ノ浦で勝利したのです。当時の四国の豪族は、皆平氏でありましたが、私も元々は平氏であったので、私たちと同じように中央に不満を持つ四国の豪族を、合戦の前に味方に引き入れる事ができたので、源平合戦で最後の舞台になった壇ノ浦で勝利する事が出来たのです」
「頼朝が亡くなりますと、同時期に私は北条家からお願いされ、四国全ての地頭のお目付役をお願いされた訳です。年齢も引退すべき時期に来ていましたのと、かつて播磨いかるがや伊予国の地頭も兼ねていたことや、壇ノ浦の戦い時の人脈もありましたので、申し出を受け入れて主な一族と共に、四国の地頭のお目付役となりました。その後、私の甥に当たる畠山重忠も、だまし討ちに会うなどしまして、一族にも動揺があった時期もありましたが、私は阿波国で77歳での大往生することが出来ました」
「ここで改めて一つお願いがあります。申し上げる場所に寄っていただければ、ありがたいのですが。四国半島の守り神がまつってあります八栗寺と、私が最後に平家を焼き討ちにして、今だ恨みの怨念の残る志度寺、あと、四国の地頭を集めてお目付役として一族を分けた、長尾寺に行って頂けることを願っております」
○ 蓮住寺にうかがい住職に会う
寺にうかがい、まず本尊に携えてきたお茶と御霊前の香典を納めて、手を合わせますと同時に、背後では、これ以上ないほどの歓喜が湧いてきました。遙か以前からこの時を待っていたような感じがしました。住職の話では、「寺にある古文書では、1,532年に阿波の地から12人の士と共に落ち延び出家して寺を建てたとのことであるが、それ以前の事は何の手掛かりもない」との話であった。「町の歴史書を作るのにあたって、家紋、名字等からてがかりが掴めないか、と考え全国の心当たり全てに電話や手紙で問い合わせたが、何も手掛かりが無かった」とのことであった。
「住職としては、とても考えられない事ですが、予定されていた法事が二つとも急に延期になり時間があきました。四国にいらしゃったのは初めてのようですので、行きたい場所がありましたら車で案内したい」との申し出が、その時ありました。私はこの申し出を有り難く受け止め、四国のことは何も解っていないのですが、昨日のチャネリングであった、三つの寺へ案内頂けるようお願いをしました。
○ 八栗寺にて
住職の話によると、この寺は、昨日のチャネリングと同じで、四国半島の守り神様が納められていることと、また、地元で言われている事では、弘法大師が悟りを開いた寺であるとのことであった。八栗寺では、エネルギーとして感じたのは、「よく来ていただきました」と、暖かく迎えて頂けたようでした。
○ 志度寺にて
住職から、壇ノ浦の合戦と志度寺にまつわる説明を受けた後、インスピレーションで確かめて見ますと、住職が歴史上の定説になっていると説明してくれた、平家を志度寺まで追いつめて来たルートが違うようなので、インスピレーションで感じる、攻めてきたルートについて話しました。すると住職はビックリしまして、実は住職も「歴史でいわれているルートで攻めてきたとは考えられない」と思っていたとのことでした。
志度寺では、宇宙のお経を唱える必要がありそうだったので、そのことを住職に簡単に説明した上で、20ものお経をあげました。その間、住職には並んで一緒に立っていて頂きました。住職が一緒でしたので、私が長い間お経を唱えていても、周りから見て奇異に感じられないで済んだようです。しかし住職は、その時私から自然に出てくるお経の不思議さと、お経のあげかたのうまさに驚かれていました。
お経が終わりますと、当初、重く淀んでいた周りのエネルギーが安らぎに変わり、暖かくさえ感じられるようになると同時に、今までの恨み、つらさから解放された喜びと共に、歓喜のエネルギーが私に返ってきました。この時は、今まで来たことのない四国に仕事で来ることができ、偶然にも志度寺を訪ねることが出来たことに対して感謝しました。
○ 長尾寺にて
住職から、「長尾寺は四国の八十八ケ寺の中で唯一、本尊が大日如来に成っている」と説明を受けた後、先祖と長尾寺の関係について、意識を向けますと、先祖がいつここに何の目的で、何をお願いしに訪れたか、明確にどこからともなく答えが返って来ました。そこで住職に、「この寺に先祖が生きていた800年前の物は何かありますか?」と尋ねましたところ、「長尾寺は大火災に二度あい、そんなに古い物は何も残っておりません。強いて挙げれば、750年前に作り、国の重要指定文化財に指定されている、石の門があるだけです」との説明を受けました。
そこで石門に意識を向けますと、「私ではありません」とエネルギーが返ってきました。探しあぐねて、本堂に意識を向けますと、そこから「私が全て記憶しています」と返ってきました。そこで再度、住職に「古い当時の物が、何かあるはずなのですが」と尋ねましたが、「ありません」との事でした。「では本堂には何があるのですか?」と尋ねると、「最初にお話した大日如来だけです」とのことでした。
そこで私は、本堂にあるはずの大日如来に意識を向けますと、(私が願い事は全て知っています)と答えが返ってきました。返ってきた答えを住職に話し、住職に「本堂の中にある大日如来は古いようですよ」と話しますと、「私たち住職にとって、ご本尊は命より大切なものですから、火災でも一番先に守られ運び出されるものですから、当然古い物です」とのことであった。何も知らなかった私は大変勉強になりました。
そしてこの長尾寺では、先祖始め、大日如来からも感謝と祝福のエネルギーがたくさん来ているように感じました。先祖に関心を持ったのは短期間であったが、啓示を受けて半年目のことでもあり、自分自身で啓示の正しさを知ることが出来ました。この件で私としては満足が出来ましたので、先祖に対しては感謝のみを残して、ルーツ調べのような興味は全くなくしました。
花の精霊ふれ合い体験
この体験は、妻と、友達でチャネラーでもあるT氏と富士山麓に近い、富士国際花園の大温室に行った時のことです。温室に入りますと、私には見えないのですが、たくさんの精霊が私たちのことを大歓迎してくれているのが感じ取れました。T氏は見えたり、感じることが出来る人でしたので、T氏に「たくさんの精霊が大歓迎してくれているようですが、精霊が見えますか?」と私が尋ねますと、「今まで精霊は見たことがありません」との事でした。
そこで精霊に、どのようにしたら姿を見せてもらえるのか、チャネリングしてみました。そうしましたら、(見えるように貴方が祈っていただければ、T氏には見えますよ!) との返事が返ってきましたので、早速、祈りを行いました。その時、突然T氏が歓喜の叫びを上げました。たくさんの精霊が、大歓迎してくれているのがリアルに見えたようです。ここの精霊は、私たちの顔ぐらいの大きさで、まるでハチ鳥ように、スイ、スイと動きながら、私たちを大歓迎してくれたり、花から花へ移動しているようです。
ハチ鳥のように動くようですが、飛ぶための羽はないそうです。私も妻も、精霊の存在を十分感じ取る事は出来たのですが、二人とも見ることが出来なかったのは残念でした。精霊とのふれ合いが十分出来ましたので、「今日は本当にありがとう」と、精霊達に意識を向けて感謝の祈りをあげますと、精霊たちから(私たちは草花といつも一緒に楽しんでおります。気づいて見て頂いて私たちこそ本当に感謝しております)と返事が返ってきました。
驚くことに、この返事と同時に、今までも十分綺麗であった花が、瞬時に、一段と綺麗になったように三人とも感じ取ることが出来ました。この時の花の美しさは、私たちの脳裏に焼き付いてしまいました。
祈りと意識で雲を作り浄化して消す体験
精霊とのふれあいの余韻が残る中、エネルギーが(寄って欲しい)と妻に強く働き掛けて来たとのことでした。ちょうどこの日は、どこを見渡しても雲一つ見あたらないこれ以上望めない快晴の天候でしたので、エネルギーが呼び掛けてきた、上九一色村の富士山が一番よく見える場所に寄ることにしました。現地に付き、妻だけを先に降ろし、T氏と私は300メートル程離れた駐車場に車を置いてから、妻の所まで歩いて行きますと、富士の裾野を見ながら、妻は胸から湧き上がる「ご免なさい」という意識で祈っていました。
二人で妻の側に行った時は、富士の裾より、糸よりも細い蒸気が祈りと共に、突然湧き上がり、500メートル位の雲が一つ出来上がったばっかりのところでした。その後も同じように、妻の祈りで二つ雲が出来上がりました。この雲の形は竜の形になったり、七福神が乗っている宝船のような船に、釈迦が二人のお付きを連れてやって来たような形になったりしていました。
しばらく三人で雲の形の変化を観察した後、「三つの雲に対して、順々に癒しの祈りを行って、1つずつ完全に浄化して消してあげて」と妻から私に話があったので、1つずつの雲に意識を向け祈りを行いますと、祈りをあげ終わった雲から順に完全に消えて行きました。この体験を通して、宇宙まで意識で動かす事が出来ることを垣間見ることが出来るとともに、三人は意識と祈りの大切さを再確認することが出来ました。
研究員・まこと へメール