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☆ ☆ ☆ 「ワーオ イエレン」瞑想体験のご紹介 ☆ ☆ ☆

☆ ☆ ☆ 【ワーオ イエレン】 ☆ ☆ ☆

(宇宙全てのものが宇宙全てのものに感謝します)

  

『体験パート3』

 

  祈りの旅へ

 啓示を受けて間もない頃、「意識のふるさと体験」をすることにより、地球の周りの意識エネルギーが、幾層にも渡って汚れているのを知りました。同時に、宇宙には汚れたエネルギーを綺麗にしたり、宇宙の法則に従って再生したりするための、お経や祈りが無限に存在する事もこの時に知りました。また、自分「まこと」にはこれらを中継し、使う事が出来る能力があることにも気づきました。

 そこで早速、自分自身で祈りやお経の効果を体験を通して感じ取りたい、と考えました。それから、エネルギーに非常に敏感な妻と一緒に、私たちを必要とするエネルギーの場所を見つけて、全国をワクワク楽しみながら旅をしたい、とも考えました。そういったわけで、気の向くままに余暇を見つけては、二人で北海道から沖縄まで日本の各地を巡り、祈りと癒しの旅をしました。

 その時、特に印象に残った土地の記録の一部分を書きとめました。この旅では、それぞれの土地のエネルギーが(来て欲しい)と呼ぶ各地へと、妻と二人で地図も持たずに出かけました。訪れた土地や場所等の身近なエネルギーを肌で感じた上で、必要に応じて祈りやお経を行いました。その後、二人でエネルギーの変化を確かめるようにしました。ここに書きとめてありますのは、その時に感じたことの一部です。

 なお、「意識のふるさと体験」をした際、私は、見て感じ取りました地球規模でのエネルギーの癒しも、同じように大切な事であると認識しておりました。さまざまなエネルギーが、祈りを必要と感じ取れる次元に向かって、祈りを行うのですが、地球規模のエネルギーに対する癒しについては、癒しの祈りの後の変化を確認するには、余りにも規模が大きすぎるので、家で落ち着いて行える時間を見つけて、インスピレーションで確かめております。


○ 礼文島、利尻島にて

 礼文島では、古くから存在するエネルギーが、島をあげて暖かく迎えてくれました。観光ツアーでしたので、短時間で島を去らねばなりませんでしたが、(また必ず来て下さい。今度いらっしゃる時は、時間をたくさん取ってゆっくり島でくつろいで下さい)というエネルギーを、妻と共に感じ取ることが出来ました。

 利尻島では、利尻山に雲が掛かっておりましたが、写真を撮る時だけは、綺麗に顔をのぞかせ歓迎してくれました。

 

○ 稚内公園にて

 戦いの時の、悲しいエネルギーが感じ取れましたので、その場が必要とする癒しの祈りを行いました。即、やさしい暖かいエネルギーに変わりました。

 

○ 摩周湖にて

 湖の中にある小さな島から、物悲しいエネルギーが流れてきましたので、癒しの祈りを行いました。暖かい感謝のエネルギーが返ってきました。

 

○ 知床半島にて

 知床は暖かいエネルギーが充満しておりました。それは、知床の自然を残すために、より多くの人々の暖かい思いが、ここにはあるからだと、この時感じ取る事が出来ました。自然との調和の意識がいかに大切であるかを、再認識することが出来た地でもありました。

 

○ オホーツクの海にて

 (どんなに厳しい自然条件でも、私たちは一歩も逃げません。貴方の人生も同じです。お互いにがんばりましょう)と語りかけて来ました。とても元気になるエネルギーをもらうことが出来た海でした。

 

○ フラノにて

 この地は大らかなエネルギーが、ゆったり流れているのを感じ取る事が出来ました。

 

○ 層雲峡にて

 断崖絶壁が20キロメートル以上続き、場所によっては、高さ200メートルにも達する峡谷が、神秘的な景観を見せてくれました。断崖絶壁を見ながら、ここから出ているエネルギーを感じ取るようにしますと、たくさんの強いエネルギーを受け取る事が出来ました。高次元で利用するエネルギーは、層雲峡のような絶壁の鉱石から出ているのが、なんとなく理解出来ました。昔の宗教家が、岩の洞窟の中で修行することにより、悟りを開いた事も理解する事が出来ました。

 

○ 薬研温泉にて

 地域の暖かい人情に触れた後、入浴が無料で出来たうえに、たゆまなくあふれ出る温泉に、灯り一つ無い中で入りました。偶然、空を見上げますと、ちょうどこの日は、大空に流星群が訪れておりました。天空を流れる流星群を見ながら、地元の人達と、しかも混浴で気兼ねない入浴が出来ました。薬研温泉は最高に幸せな気分にさせてくれました。この時は、感謝の祈りがあふれ出て来ました。ここでの体験は、一生忘れることが出来ません。

 

○ 恐山にて

 この地に訪れるまでは、おぞましいエネルギーを想像していましたが、実際に来てみますと、土地のエネルギーは綺麗でしたので嬉しくなりました。ここの土地が、いつまでも綺麗なエネルギーでいてもらいたいと感じ、永久に汚れたエネルギーにならないように、思わず祈ってしまいました。

 

○ 仏ヶ浦にて

 風雪厳しい津軽の海峡の荒波に、長い時間をかけ削られて出来上がった、大自然の象牙色に輝く奇岩の連なりは、まるでたくさんの仏が海の安全を始め、私たちが自然を汚さないように、高い次元から見守ってくれているように感じたので、意識で確認すると、(その通りです)と答えが返ってきました。自然と感謝の祈りがたくさん湧いて出てきました。

 

○ 北海岬に向かって

 青森から国道280号線で、竜飛崎に向かっている途中に蟹田町で休憩した時、遠く北海岬の方角を二人で眺めていました。その時に、妻が悲しく侘びしいエネルギーを、北海岬から強く感じ取りました。そこでエネルギーの内容を調べてみますと、つらく厳しい自然の中で暮らして来た、多くの人々が出した悲しく切ない思いの念が、妻に乗り移って来たようでした。

 そこで暗く重いエネルギーを、明るく希望に満ちたエネルギーに変えるために、岬に意識を向けて15種類の祈りを行いました。祈りが終わり、改めて岬を二人で見ますと、この時奇跡が起こりました。一瞬岬が光に包まれたのです。妻と二人で、光のエネルギーに変化したのを見て確かめる事が出来ました。この時は自分達のことのように喜び合う事が出来ました。

 

○ 三内丸山古墳にて

 真実は考古学の専門家にお任せしますが、インスピレーションによる会話を少し述べたいと思います。

問:この古墳は、どのくらい前の古墳でしょうか?

答:集落としては、今から8,000年ぐらい前から3,500年ぐらい前までの古墳です。

問:その時代には、集落がたくさん有ったのでしょうか?

答:ここのような大きな集落は、100キロメートルに1つぐらいありました。

問:集落には、常時何人ぐらい生活していたのでしょうか?

答:季節によって大幅に違いますが、150人前後でした。

問:櫓(ろ)は、何に使ったのですか?

答:主な目的は神事でした。集落の象徴でもありました。

問:高さは、どの位あったのでしょうか?

答:神事の櫓ですから、柱と柱の間隔の6倍の高さがありました。

 このように、インスピレーションによる会話をしながら、遺跡を復元した施設を見学した後で、発掘物の博物館に行って見学をしていましたら、妻が急に「この博物館は、念が強くて苦しいので、癒しの祈りをして欲しい」と言い出しました。それでは、念が来る一番強いところに行ってみようと、その場所に行ってみますと、そこには発掘地層のレプリカが展示してありました。

 妻が感じるように、地層の時代によって違いがありましたが、エネルギーが重かったので、レプリカの前で無言で祈りをあげました。祈りをあげ終わりますと、エネルギーが優しくなり、なんと感謝の念が返って来るではありませんか!  不思議に思いましたので、担当職員の人を見つけて、「発掘地層のレプリカは良く出来ていますけど、どのように作られたのですか?」 と尋ねてみました。

 そうしましたら「あの断層は本物ですよ。作り方は幾つかに断層を縦割りに切り、展示場所に運び、切った位置で繋げた実物の断層です」と説明を受けました。さすがに、この時は私の早とちりを妻に詫びました。

 

○ 黄金崎の露天風呂にて

 夕日を浴びながら、海の中の露天風呂に入りました。お湯の色が鉄サビの色をしていましたので、タオルも赤く染まりました。海と露天風呂に、(いつも私たちに安らぎを与えていただいて、ありがとうございます)と、感謝の祈りが自然に出てきました。そうしますと、(ゆっくりくつろいで下さい)というようなエネルギーを、この時に感じ取りました。

 

○ 白神山12湖にて

 世界遺産に認定されただけあって、管理されている人達皆さんが優しく、私たちを迎えてくれました。これ以上望めないほど、綺麗な水と緑と小鳥達の歓迎を受けながら、多くの精霊の歓迎を感じる取ることが出来ました。12湖周辺は、自然な状態が残ることを最優先としていました。これ以上望めないほど、自然との調和がとれた中で、エネルギーとしての最高の至福の状態を感じ取る事が出来ました。

 今のように、人々と自然が調和された状態が、より長く続くよう、調和の祈りと、多くの精霊に感謝の祈りを行いました。すると、精霊からインスピレーションによる返事が返って来ました。

 (私たちの存在に気づいていただき、ありがとうございました。このように自然を大事にしていただいてる場所で、私たち精霊がお手伝い出来ることは、本当に幸せな事です。多くの場所で皆さんの手助けを、私たちの仲間が行っておりますので、それに気づいて、励ましてあげて下さい)

 

○ 奥入瀬渓流にて

 奥入瀬を訪れてみますと、四季折々、美しく姿形を変えながら、多くの精霊が訪れる人々を癒して下さっているのが感じ取れましたので 、水の精霊を始めとして、多くの精霊に対して、感謝の祈りを行いました。

 

○ 毛越寺にて

 自然の山々を生かした大庭園は、他の地方では見られない大きなスケールと美しさでありました。しかし、受け取れるエネルギーは、物悲しく感じられたので、たくさん出てくる癒しの祈りを行いました。祈りが終わりますと、たくさんのエネルギーが、喜びのエネルギーに変化したように感じ取る事ができました。

 

○ 碁石岬にて

 観光船を妻と二人で借り切って(他に乗船する観光客がいなかったため、4人分の料金を支払う事により可能になり)岬巡りをすることが出来ました。海の中を泳ぐ大きなウミガメ等を見ながら、自然の美しさに歓喜しながら、喜びの祈りをたくさんあげる事が出来ました。

 

○ 山形県の「道の駅・あつみ」にて

 ここでは、捨てられていた白い大きな日本犬の親子との出会いと、悲しい別れがありました。最初の出会いは、鳥海山に車で行く途中で、道の駅「あつみ」に寄った際、飼い主に捨てられた利口そうな真っ白な親子の犬が、そばに寄って来たのでした。犬の嫌いであった私としては、大きな犬でしたので、最初は側に来られるのも嫌でした。

 犬には、私が嫌いなのが解るらしく、犬の好きな妻の側に来て離れませんでした。妻と私と話している言葉がすべて判るらしく、私のすぐ側には寄っては来ないのですが、何か言いたい素振りで、私から一定の距離を保って離れません。よく観察していますと、二匹とも非常に頭の良い犬であることと、大変けなげであることが判り、生まれて初めて犬も可愛い、と感じることが出来ました。

 次の日に鳥海山に行った帰り、また「あつみ」に寄りますと、車が70台ほど駐車しているにも関わらず、すぐに私たちを見つけて側に走って来ました。私たちの話しかける言葉を、ほとんど理解出来るようなので、少しの間楽しく過ごす事が出来ました。私は疲れていたので、ベンチに横になっておりますと、3メートル程離れた場所で、10分程度じっと心配そうに見守って居てくれました。

 それでも私が動かないでおりますと、音を立てないようにゆっくりと近づき、大丈夫ですかと、気づかれない程度に私の手を舐めました。(心配してくれて、ありがとう)と頭を撫でますと、(良かった!)と体全体で表現した後で、私から離れて行きました。私から離れて行くのと同時に、1ヶ月位前に捨てられた二匹の犬が、道の駅に住み着いているという通報で、管轄の保健所から犬を捕獲に来てしまいました。

 この時は、(連れて帰れるものなら家に連れて帰りたい)と妻と一緒に本当に悩みました。旅の途中で、家から遠く離れた山形であり、しかも大きな成犬二匹では、泣く泣くあきらめざるを得ませんでした。この利口な二匹の犬の飼い主も、可愛い二匹の犬と別れなければならない事情があったのでしょうが、私たち人間が身勝手である事を、この時ほど痛感した事はありませんでした。

 私にとって、悲しい事件でしたが、二匹の犬と出会えたことがきっかけで、以来、犬が好きになることが出来ました。この事件の後すぐに、妻と二人で車の中から何もしてあげられなかったことを詫びると同時に、出会えたことに感謝しながら、魂がいつまでも安らかでありますように祈りました。

 

○ 月山山頂にて

 立ったままでは歩けない暴風雨の中で、やっと山頂にたどり着きました。まともに目が開けていられない状態でした。人々が信仰する山でありますが、想像を超える激しい禊(みそ)ぎでした。ここでの禊ぎは、私がこれから歩もうとしている道が、いかに険しいかを暗示するような激しさでした。こんなに激しい暴風雨の歓迎を受けたのは、初めての体験でしたが、不思議なことに、見えない世界から大歓迎されているように、感じ取ることが出来ました。

 また、私の奥底からこれ以上無いほどの、力強いエネルギーが湧いて出てきました。この時の私から出て来た祈りは、(進む道がどんなに険しくても、自分が決めた道ですから、何が起ころうが負けません) …そんな思いがこもった、落ち着いた力強い祈りが、幾つか出て来ました。祈り終わりますと、激しかった暴風雨も、心なしか静かになっておりました。

 

○ 親不知にて

 ここでは、悲しい別れのエネルギーが、たくさん感じられましたので、癒しの光がすべてに行き渡るように、10種類の祈りを行いました。祈り終わりますと、(暖かい光をありがとうございました)と、感謝のエネルギーが返って来ました。

 

○ 東尋坊にて

 ここの柱状の断崖から出るエネルギーが、私たちの魂にむけて、(何事にも負けないで生きなさい)とのメッセージに感じられたので、(あなた方の力強い生き方に負けないような生き方をします)と念で返すとともに、これからも、ここを訪れる人々の魂を勇気づけて頂けるように、感謝とお願いの祈りを15種類行いました。

 

○ 榛名湖近くにて

 妻と車で走っておりますと、二人が同時に懐かしいエネルギーを感じ取りました。インスピレーションにて調べてみますと、感じたエネルギーは9,000万年前のもので、この土地がかつてユートピアとして存在していた時に住んでいた、大きさが20〜30センチメートルの小動物のものでした。

 少し詳しくインスピレーションで聞いてみますと、(ここの土地は今までに二度海の中に沈んでおりました。現在の土地は火山活動で出来上がったものですから、9,000万年前の面影は当然ありません)とありました。

 (なぜ私たち二人に、強いエネルギーでメッセージをくれたのか?)と付け加えて聞いてみますと、答えが返って来ました。(かつて貴方自身が地球に生存していた時、この土地にユートピアを築き、永遠に続くように念じたエネルギーですから・・・) (???) 妻と二人で不思議な体験をこの時は致しました。

 

○ 行田市の郷土博物館にて

 博物館に入館しようとした途端に、妻が強い殺気のようなエネルギーを感じ取りまして、妻は入館するのを一瞬ためらいました。そこで何がそのエネルギーを出しているのか確かめることにしました。調べてみましたら、驚きました。実際に戦いに使った刀が、幾つも飾ってありましたので、その中の1つかと私は思っていましたが、違っていました。

 そのエネルギーを出していたのは、なんと飾り用の刀だったのです。それは刀鍛冶がこの刀を作る時のネガティブな念が、そのまま乗り移っていたからなのです。この刀を作った刀鍛冶の念を再現してみますとこうでした。

 (この俺に飾り刀を作れなんて、断ったのに無理矢理作らせやがって、刀を作らせたら誰にも負けない腕を持っている俺としては、プライドを傷つけられた。絶対、許せない!)  ここでも妻と二人で、念の凄さを体験することが出来ました。

 

○ 菅谷館跡にて

 秩父方面をドライブするために、国道254号を走っていましたところ、急に妻に誰かが乗り移って来ました。 (菅谷館跡に寄ってほしい)との事のようでしたので、二人とも初めての場所ですし、寄ってみることにしました。

 乗り移って来ていたのはどうも、畠山重忠のお母さんのようでした。彼女はここの館が非常に気に入っていたようで、妻を通して、館跡を案内して頂きました。まず、美味しい水が大量に出た井戸、草花に囲まれて過ごした広場、そして、高台から見る川の流れと夕日、というように、気に入っていた場所をインスピレーションを通して教えて頂きました。

 しかし、館での生活の中で、ひとつの気がかりがあったようです。それは、(戦いのない平穏な日々を、この館で送れる事を、私は一番望んでおりました。息子である重忠が戦いのため、ほとんど館に居ることが無かったので、いつも心配しておりました)ということでした。

 この館跡に来たのは、二人とも始めてだったのですが、たくさんのインスピレーションが送られてきましたので、この日の予定を急きょ変更し、秩父方面へのドライブを中止して、一日ゆっくりと館跡で過ごしました。この時体験したことがきっかけとなり、何日も過ぎない内に、二人で四国一周を車でまわる事になりました。

 

○ 高山不動尊にて

 顔振峠を通るグリーンラインは、よくドライブで利用しますが、これまでは、高山不動尊に寄ったことはありませんでした。これまで、何度か「寄って見よう」と話したのですが、「暗いエネルギーが感じられるので嫌だ」と妻は言っておりました。私が行ってみて本当にエネルギーが暗かったら、祈りで明るくして見ようと話しながら、この日は寄ることになりました。

 寄りますと、確かに建物は暗い感じでした。しかし、建物が建っている土地からは、何処にも負けないような明るく強い癒しのエネルギーが出ておりました。二人とも同じように感じ取る事が出来ました。二人とも嬉しくなってしまいました。そこでこのエネルギーに意識を合わせますと、次のように答えが返って来ました。

 (1,500年程前にこの地に訪れた魂の高い人が、この土地の素晴らしいエネルギーを感じ取り、この土地の素晴らしいエネルギーが永遠に残るよう念じたエネルギーなのです) この地に残されたその念を、私たち二人は感じ取ったのです。このように、素晴らしい念は永遠に残ることを確認することが出来ました。

 

○ 山梨県石割神社にて

 仲間達と一緒に、山の中にある神社に訪れますと、神社自体が大きな岩でした。岩自体が強い癒しのエネルギーを出しておりました。エネルギーに意識を合わせてみる事にしました。合わせて見ますと、ここは宇宙と通じるエネルギースポットであることを感じ取ることが出来ました。

 時間の許す限り、皆で輪になって宇宙の祈りを行い、それぞれが、それぞれのエネルギーを感じ取る事が出来ました。このような場所が、ほとんど自然のまま残されていることに対して、ここを訪れた仲間達全員で喜び合いました。

 

○ 青木樹海を車で通過して

 青木樹海の中の道を通って、富士国際花園に向かっていました。ここの樹海は自殺であまりにも有名なので、死んでから、どうしたらよいか迷っている霊がたくさん居るであろうと、今までは考えていました。迷える霊が浄化向上出来るように、車を運転しながら、迷える霊に対して気づきと癒しのための祈りを、青木樹海を通過するまで行いました。

 祈りをあげている時の感じとしましては、重く、暗いイメージ、そして迷える霊は感じ取る事が出来ませんでした。自殺をするような人は、この世の中の事で相当悩み抜いてから、自殺の道しかないと選んでしまった人達ですが、祈りをあげてみると、迷っていた霊もみな素直な感じがして、祈りにより本来の道を見つけて、光のある方向へ向かったように、感じ取ることが出来ました。

 

○ 伊勢神宮及び猿田彦神社にて

 小雨の降る中、妻と一緒に伊勢神宮を訪れました。インスピレーションで感じられるエネルギーは、特に無かったので、少し期待はずれでした。しかし必要と感じた5種類の祝詞が自然に出て来ましたので、祈りを行いました。お参りを終えて伊勢神宮の鳥居を出ますと、真上の空が突然晴れ渡り、訪れる時には気づかなかった、鳥居近くの猿田彦神社から、(来て下さい)と言っている強いエネルギーを、二人同時に感じ取る事が出来ました。

 そこへ寄りますと、凄い歓喜のエネルギーと同時に、(長い間、来て頂くのをお待ちしていました)と感じ取る事が出来ました。早速、歓喜の感じられるエネルギーに意識を向けてたずねてみますと、次のようなメッセージがありました。

 (地球で一番大切な事は、体験して学ぶことです。私のエネルギーのように、人々のお願いが宇宙の法則に合いさえすれば、すぐに手助けをしてしまうエネルギーは、長い間、封印されておりました。今、地球にあるほとんどのエネルギー(魂)は、大きくアセンション(上昇)する時期が来ております。やっと皆さんのお手伝いが出来る時が来ましたので、宇宙の祈りにより、ここの封印を外して下さるよう、お願いいたします。なお、封印は宇宙の法則に従って、一時期されるものであり、法則によりまして、悪いものは決して封印されることがないのです。宇宙は常に、完全なる調和に向かって進んでいるのですから)

 なぜかこことは深い縁が感じられましたので、より真剣にインスピレーションに従って、20種類の祈りを1時間程かけて行いました。この祈りの中で、長い間封印していた、今の世の中に必要なエネルギーが、法則に従って解き離されました。

 終わりますと、感謝の念がいっぱい感じ取ることが出来ました。不思議なことに、お参りを終えて鳥居を出ますと、猿田彦神社に居る時だけは晴れていた天気が、また元の天気に戻り小雨になってしまいました。

 後日知ったのですが、私が産まれた土地の白髭神社は、猿田彦を祭ってある神社であること、この神様は、お願いをするとすぐにかなえて下さる、気の良い神様である、との言い伝えが昔からあるそうです。ここで改めて不思議な縁を感じました。

 

○ 天の岩戸にて

 伊勢神宮と猿田彦神社を後にして、和歌山県の海岸線を一周することにしました。しばらく国道を走っていますと、「天の岩戸」と書かれた小さな案内板が目に入りました。妻が「気になるので寄りたい」と言うので立ち寄ることにしました。

 なだらかな山道を歩き、最後に急な下り坂を5分程歩きましたが、二人共強いエネルギーが来てしまって、下り坂なのに喘ぎながらやっとの思いで歩きました。天の岩戸に着いてみますと、そこは小さな祠(ほこら)のようになっておりました。早速エネルギーに意識を合わせてみました。そうしますと、(時が来たので封印を解いて下さい)と答えが返ってきました。

 猿田彦神社と同じように、宇宙の10種類の祈りをあげました。終わりますと、堅く閉ざされていたエネルギーの扉が開いたようで、外から中に向かって凄い勢いでエネルギーが入って行きました。そして同時に感謝と喜びの念が返ってきました。帰り道の急な上り坂は、来るとき、体が動かなかったのが嘘のように、爽快になり、飛んで歩いているような気分でした。

 

○ 出雲大社にて

 ここを訪れますと、私には全国から訪れている、八百万の神々を感じ取る事が出来た。しかしエネルギーに敏感なはずの妻には、感じ取れるエネルギーが弱いためか、「ここには感じ取れるようなエネルギーは何も無い」と言いました。そこで、私には八百万の神々が集まって居られるのが判ったので、(これからの時代は宇宙的な役割も、神々にして頂きたい)と強く感じ、神々が力強く活躍して頂けるようにと、宇宙エネルギーを祈りで降ろしました。この時、15種類の宇宙の祈りを行いました。

 

○ 厳島神社にて

 ここを訪れますと、海の守り神が封印されていて、(長い間、皆さんのお役にたっために、働きたくても働けない)とエネルギーを送って来ました。封印を解く祈りと、癒しの祈りを9種類行いましたところ、感謝のエネルギーが返ってきました。

 

○ 剣山にて

 妻が念願としていた剣山への登山は、前の日の天気予報では雨でした。当日、登山口に着きましたところ、剣山が二人を大歓迎で迎えてくれているように、空が晴れて、最高の登山日和になっておりました。新緑の中を多くの小鳥達の歓迎を受けながら、頂上に登った後で、妻と二人で静かな場所を見つけて、宇宙の祈りを始め10種類以上の祈りをあげました。

 その後、この地のエネルギーがあまりにも心地良いので、二人で軽く目を閉じて瞑想を行いました。最初は、二人とも緑色のエネルギーを感じていました。しばらく瞑想をしていましたところ、二人同時に感じているエネルギーの色が、急に濃い桃色に変わりました。祈りによってエネルギーが変わるのを、二人同時に感じ取る事が出来るとともに、祈りが私たちの気がついていてない次元の世界でも重要な事を再認識しました。

 

○ 祖谷渓谷にて

 「かずら橋」を渡り、渓谷に降り立ちますと、初めて目にするような、水流で水蝕されて出来た奇岩、怪石とともに、どこまでも澄んだ清流と新緑が私たち二人を迎えてくれました。周りのエネルギーに意識を向けますと、水の精霊を始め多くの精霊たちが、役割に応じて生き生きと働いているのが、二人とも感じ取ることが出来るとともに、周りのピュアーなエネルギーによって癒されました。

 そこでお礼に、感謝の祈りと宇宙の祈りを行いました。祈りが終わりますと、周りのエネルギーが一段と明るく輝きを増し、感謝のエネルギーが多くの精霊たちから返って来ました。

 

○ 慈眼寺にて

 新居浜市を通りましたので、先祖に縁があります慈眼寺に、急きょ寄る事にしました。ここへ寄りますと、立派なお寺で二人ともビックリしました。早速お参りをしますと、歓喜のエネルギーと感謝のエネルギーが強く返って来ました。

 突然の訪問でもあり、お寺さんには、挨拶をするつもりは当初全く無かったのですが、あまりにも歓喜のエネルギーが強かったので、お参りの後でお寺さんに挨拶だけする事にしました。

 庫裡に伺い、応対に出てこられた住職の奥さんに、お邪魔した理由を簡単にお話ししますと、「住職は今、法事で出かける所ですが、せっかくいらっしゃったのですから、挨拶だけでも住職にして下さい」という事になりました。

 住職に会い自己紹介をしてから少し話しをしますと、住職が行く事になっていた法事を、急に他の坊さん(息子の坊さん?)に変えてしまいました。住職は、私たち二人に、寺の由来を始めとした説明を丁寧にして頂いたうえに、先祖に関係する場所を、半日以上かけて丁寧に案内して頂きました。

 この時に住職の前で、先祖から送られて来る歓喜のエネルギーを、祈りとして10種類出してみました。見えない世界で私たちがお寺を訪ねた事を、歓喜しておりますので、このエネルギーに対してインスピレーションで、(新居浜市のこのお寺に、なぜ縁が出来たのか?)と尋ねましたら、次のように受け取る事が出来ました。

 (まず、遠方からお二人でここを尋ねて頂いた事に対して感謝申し上げます。ご存じのように源頼朝の時代、私たちの先祖であるKは、現在の兵庫県を始めとした複数の場所で地頭を兼ねておりました。その中の1つがこの地でした。当時この地は、おもにKの弟であったSが、地頭代理として滞在しておりました。頼朝亡き後に、Kが四国の4地頭のお目付役として在職した時には、以前、地頭代理としてこの地に在職した、弟のS一族をこの地に住まわせる事にしました)

 (その後の時代に、Sの子孫がここに城を築いたのが、ここの土地なのです。城は滅びましたが、その後も皆さんが大切にこの地を守ってくれました。この地を私たちは今でもこよなく愛しております)

 何気なく妻と二人で訪れた、先祖に縁がある土地で感謝と歓喜のエネルギーを感じ取る事が出来ました。当日予定していた法事を他の坊さんに変えてまで、私たち二人に一日つき合って頂いた住職に、心の底から感謝しつつ、永遠にこの地がより輝いた土地であり続けますように、と祈りながら寺を後にしました。

 

○ 壇ノ浦(屋島寺・八栗寺)にて

 私にとっては、厄介なことが起こりました。壇ノ浦の戦いの時に破れた、平家の恨みと悲しみが、妻に乗り移って来てしまいました。妻が何を怒っているのか判りませんが、取り付く隙もない程、怒り出してしまい収まりません。壇ノ浦周辺では、数限りないお経や祈りが止めどもなく出て来ました。

 お経と祈りをあげながら、どうにか屋島寺にはたどり着くことが出来たのですが、以前に一度来て、案内標識が大きく書いてある八栗寺には、壇ノ浦の半島をお経と祈りをしながら、車で3回りしてしまいました。必要なお経が全て終わるまで、八栗寺にたどり着くことが出来ませんでした。

 このように不可解な体験をしながら、八栗寺へのお参りもどうにかすることが出来ました。なお、お参りとお経と祈りが一段落した後には、先程までの妻の怒りが嘘のように消えておりました。壇ノ浦では、長い間浮かばれないでいた魂がたくさんいたことを感じると共に、お経と祈りが念にとっても大切な事を、改めて体験することが出来ました。

 

○ 高野山にて

 妻と二人で四国を一周する旅でしたが、一周してみますと、なぜか弘法大師の縁がある場所に、たくさん寄って来ておりました。今回の旅は四国一周でしたので、高野山には寄る予定は全くありませんでした。

 地図も持たない旅でしたが、なぜか帰りのフェリーは和歌山までのチケットしか買うことが出来ませんでした。フェリーを降りますと、妻が「帰りの東名高速道路に乗る前に、途中で高野山の近くを通るのだったら寄りたい」と言い出しました。それは、妻に(寄って欲しい)と強いエネルギーが、高野山から来ているとの事でした。

 今回の旅はほとんどが、弘法大師に縁があった場所でしたので、帰り道の近くであれば寄ってみる事にしました。フェリーを降りてしばらく走りますと、高野山方面の道路標識がありましたので、早速、寄ることにしました。

 強いエネルギーに導かれるようにして高野山に寄りますと、大きなお墓の一番奥にあります、弘法大師が埋葬されている奥の院である弘法大師御廟から、妻に強く感じるエネルギーが掛かってきました。

 御廟に着いてから、インスピレーションで掛かって来たエネルギーを確かめてみますと、弘法大師に向けられた多くの人々が出したエゴの念で、死後の世界で身動きが出来なくなっておりました。(宇宙の法則に合わない念を浄化向上させたうえで、自由に働けるようにして欲しい)とのことでありました。

 そこで身動きが出来なくなっている原因である、多くの人々が出したエゴの念を、お経で浄化向上させることにしました。御廟では、一般の人達も一生懸命お経をあげておりましたので、私もその人達の中にとけ込んで、宇宙のお経を始め、9種類のお経をあげました。お経をあげ終わりますと、それまで暗く重く感じられていたエネルギーが軽くなり、明るく変化したように感じられると同時に感謝の念が返ってきました。

 一通り浄化向上のためのお経が終わった後で、この場所では二度とこのような状態が起きないように、この場を清めるための祈りも3種類あげました。また、お経をあげている間に1つ面白い事がありました。

 御廟では、たくさんの人が私と同じようにお経をあげておりました。そこへ同じ衣を着たお坊さんが30人以上来て、私たちと同じようにお経をあげて帰られましたが、その坊さん達が、私の前を通る時だけ深々とおじぎをして通り過ぎて行きました。私があまりにも真剣にお経をあげていたのと、お坊さんに不思議なお経が聞こえて、わざわざ外国から来た人が一心不乱にお経をあげているとでも勘違いされたのかもしれませんが、不思議な出来事でした。

 そして、御廟でのお経と祈りが終わると同時に、今度は御廟の前にある燈籠堂からも、重く強いエネルギーが妻に掛かって来ましたので、そこへも寄りました。ここでは、ゆっくり歩きながら声を出さず心の中で、その場に必要な浄化向上のためお経をあげました。あげ終わりますと、妻に掛かって来ていた、重い念が感謝の念に変化し、体が軽く感じられるようになりました。

 結局、高野山に来て立ち寄ったのは、強くエネルギーで呼ばれた、奥の院のこの場所だけでした。

 

○ 沖縄にて

 沖縄をおとずれる前には、第二次世界大戦であれだけたくさんの悲惨な犠牲者を出したのであるから、(重く悲しいエネルギーを、あらゆる場所で感じる事になるだろう)と予想しておりました。その中でも、一番悲惨であったろうと考えていたのが、ひめゆりの塔でした。

 訪れてみますと、想像していた重いエネルギーはほとんど感じられませんでした。ここを訪れていた間は、無言で16種類の癒しのためのお経と祈りをあげさせて頂きました。

 次に平和記念公園を訪ねましたが、重いエネルギーはここでもさほど感じませんでした。世界平和の祈りを始め22種類の祈りをあげさせて頂きました。次に訪ねましたのは首里城でしたが、ここでも重いエネルギーは特に感じられませんでしたので、世界平和の祈りを、ここでも無言で10種類あげさせて頂きました。

 これらの場所では、戦争で多くの人々が悲惨な最期をとげたのにもかかわらず、ほとんどの霊が成仏されていると感じ取る事が出来ました。私たちは二人とも、この地を訪れるまでは、(迷っている霊がたくさん居られるのではないか)と考えておりましたので、心の底から喜ぶ事が出来ました。

 調べて見ますと、伝統的な生活習慣として、沖縄の人々は先祖を敬う事を基本にしていることを知りました。また、沖縄には、伝統的に守られて来た霊的文化が存在する事も知りました。これらの事があるから、良い結果に結びついたのでしょう。

 現世と来世の世界観を持った人、沖縄で言うところのユタと呼ばれる霊能に恵まれた方々が、伝統的に様々な職業に就きながら、人々の霊的相談に乗ることが生活の中で根付いておりました。この事を意識で確かめてみました。すると、次のようなメッセージが感じられました。

 (戦後間もなくの時期に、戦争を体験し、生き残った、ユタの能力を持った多くの方々は、たくさんの仲間達が悲惨な死を遂げた場所に何回も訪れて、悩める魂を癒すと共に、全ての魂の浄化向上が図れるようにと、強く念じたことが、霊的世界にいる、悲惨な最期をとげた多くの仲間達の魂に通じたので、救われる事が出来ました)

 ここでの体験によりまして、私が見えない世界にインスピレーションで聞きながら、癒しや浄化向上のために行っている、宇宙のお経や祈りが如何に大切であるかを、再確認する事が出来ました。これからも二人で力を合わせて、見えない世界との橋渡しに真剣に取り組んで行く事を、この時、誓い合いました。

 

○ 今帰仁城跡にて

 妻に強いエネルギーで(来て欲しい)と呼んでいるとの事であった。訪れてみますと、周辺も、城があった当時の面影をたくさん残しておりました。ここでは重く切なく悲しい強いエネルギーが感じ取れました。まわりに誰も居られないで、私たち二人だけでしたので、私はこの重く強いエネルギーを癒すために、8種類のお経をあげさせて頂きました。

 私がお経をあげていた間に、妻が行方不明になっていました。城壁の内側をしばらく探しましたが、どうしても見つける事が出来ませんでした。しかたなく急坂を下り、城外を探しますと、そこにおりました。妻に聞きましたところ、「強いエネルギーでここに呼ばれた」との事でありました。

 ここのエネルギーに意識を合わせてみますと、次のように答えが返って来ました。(私たち女性と子供は、城外のこの場所に座敷牢状態で生活させられていました。その時の切なさと、やるせない思いがここにあるのです)

 そこで、妻が涙ぐむ中で、癒しの5種類の祈りを行いましたところ、まわりの重いエネルギーの感じが消えて、感謝の念が返ってきました。

 

○ 平和創造の森にて

 沖縄に来ると同時に、妻に強いエネルギーが掛かって来ておりました。このエネルギーが来る方角だけを頼りに、導かれながらたどり着いた所が、平和創造の森でした。駐車場に車を置きますと、通常私には、その場のエネルギーが掛かって来る事はありませんが、ここだけは違いました。

 広大な公園を、妻と二人でエネルギーに導かれて、エネルギーが一番強い場所までたどり着きました。すると二人とも、その場で身動き出来なくなってしまいました。早速そのエネルギーに意識を向けてみました。私の意識の中に、次のような不思議な答えが返って来ました。

 (現在ここの地は、「平和創造の森」と皆さんは位置づけておりますが、今から2万年さかのぼる、ムーの時代が滅びる直前から存在するエネルギーです。またこのエネルギーは、ムーの時代の幕引きを直接行ったエネルギーでもあります。ムーの文明が栄えたのは、チャネラーを通じて、プレアデスなどの宇宙から正確な情報を得ながら発展してきたのです)

 (しかし、文明の末期には、時の権力者もチャネラーたちも、私利私欲に走るようになってしまっておりました。権力者は、錬金術師のような、目先の欲を満足させてくれる者だけを重んじて、権力も与えました。これに反して、正確に宇宙とコンタクトを取り、情報を得るチャネラーは危険人物と決めつけて徹底的な弾圧を行い、処刑しました)

 (お二人が感じられているのは、この時のエネルギーです。このエネルギーを浄化向上するのには、宇宙のお経と祈り以外には出来ません。どうかこの地が本当の平和創造の地になるように、よろしくお願いします)

 受けたインスピレーションに一瞬、戸惑いましたが、本当の世界平和創造の地になるように、より真剣に時間を十分かけて、宇宙のお経20種類、祈りを10種類行いました。終わりますと、さっきまで動く事が出来なかった二人の体が、嘘のように軽くなりました。同時に、遠く宇宙からも感謝の念が返って来たように感じ取れました。ここでの体験も、長い間、浄化向上出来ないで止まっていたエネルギーの手助けが出来たようです。二人にとっては貴重な体験でした。

 

○ 玉城にて

 車で平和創造の森を出ますと、妻にワクワクするようなエネルギーが(寄って欲しい)と、呼び掛けてきました。再度、エネルギーが来る方角だけを頼りとして、道路標識を見ながらエネルギーの出場所を探しておりました。道路標識の玉城を見て、エネルギーの出場所であるか意識で問いますと、(ここです)と答えが返って来ました。

 道路標識に従いまして、玉城を目指して車を走らせましたが、近くまで来ますと道路標識も、妻に呼びかけて来ているエネルギーも無くなってしまいます。結局4〜5回、同じ道を行ったり来たりしましたが見つかりません。最後に諦めかけながら、何もない小さな広場に車を駐車して、まわりを見渡しますと、小さな石塔があり、「玉城跡」と書いてあるではありませんか。

 「どうしても寄りたい」という妻の執念と偶然が重なり合って、ここに寄ることが出来ました。妻に呼び掛けて来ていたエネルギーが、ワクワクするようなエネルギーであったことでもあり、このエネルギーに意識を向けますと、答えが返って来ました。

 (先程寄った、「平和創造の森」のエネルギーと同じムーの時代に、当時の人々はこの地を聖地として、とても大切にしていました。この地には、当時の人々の喜びと感謝の念が、まだまだたくさん残っております)

 この地がムーの時代から続く聖地であることを知り、訪れることが出来たことを妻と共に素直に喜び合うことが出来ました。また、この地が末永く聖地として守られる事を願い、10種類の宇宙の祈りを行いました。

 なお、後日談ですが、沖縄が好きになり永住してしまった知人のS・Kさんは、音楽のライブ活動をしながら、玉城村の砂浜で毎年「浜降り祭り」を主催しておられます。祭りを玉城で行っています理由は、私が感じ取りました内容と同じで、「この地がムーの時代からの聖地であるから」とのことでした。また、S・Kさんの話では、この地を訪れたことが無い、外国のチャネラーも、何人か私たちと同じように感じているとの話がありました。


 

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